2010年7月7日水曜日
android 2.2 + netbeans 6.9 + macosx 10.6.4
snow leopardでも動いた。
TVを意識してAVDの解像度をHDにしてみると、んーちょっとあれ?な感じ。
1280x768でstart時にディスプレイサイズを17inchに指定だったら画面だけ表示されて、キーボードが出ない。でもウィンドウサイズは17inchよりずいぶん小さい。どうせ今はまだやらないので深入りせず。
TVを意識してAVDの解像度をHDにしてみると、んーちょっとあれ?な感じ。
1280x768でstart時にディスプレイサイズを17inchに指定だったら画面だけ表示されて、キーボードが出ない。でもウィンドウサイズは17inchよりずいぶん小さい。どうせ今はまだやらないので深入りせず。
ラベル:
android,
macosx 10.6,
netbeans 6.9
android 2.2 + netbeans 6.9 + macosx 10.5.8
追記 2010.7.8 -->
JavaFX Mobileについて、http://forums.sun.com/thread.jspa?threadID=5432053
によると、JavaFX MobileはWindows Moblie上で動く(そういえばJavaFX.comにそう書いてあった気がする)ので、HTC のWindows Mobileデバイスで動いているらしい。おおそういうことか。何か嬉しくない・・・
<-- 2010.7.8
macbook proでやったときはaddition pack(だったっけ?)のダウンロードに2日以上かかったが、iMacでやったらものの数十秒で完了。なんで? 10.5だから? ISPが違うから? さあ...
ということで、勢いnetbeansのプラグインを入れてやってみた。うまくいったと言えるのか定かでないが、新規プロジェクトで出来たものを実行しただけで、ちゃんとエミュレータが起動した。ちょっと感動。
androidはデバイスが今すぐ手に入るというのが魅力。iPhoneのような縛りもなく無料。これでJavaFXが動けば言う事無し。誰かandroid用にビルドツール作ってくれるとか、JavaMEをandroidで動かす的な裏技持ってないかな。
でもオラクルの人がjug?か何か(SVJUGのブログにあったV)で、2010年中にはJavaFXデバイスをリリースすると喋っていたように聞こえたので、それでも良いのかもしれないが、auも年末にオールインワンなandroid出すらしいので、ワンセグとFeliCaで面白いことしたい。
JavaFX Mobileについて、http://forums.sun.com/thread.jspa?threadID=5432053
によると、JavaFX MobileはWindows Moblie上で動く(そういえばJavaFX.comにそう書いてあった気がする)ので、HTC のWindows Mobileデバイスで動いているらしい。おおそういうことか。何か嬉しくない・・・
<-- 2010.7.8
macbook proでやったときはaddition pack(だったっけ?)のダウンロードに2日以上かかったが、iMacでやったらものの数十秒で完了。なんで? 10.5だから? ISPが違うから? さあ...
ということで、勢いnetbeansのプラグインを入れてやってみた。うまくいったと言えるのか定かでないが、新規プロジェクトで出来たものを実行しただけで、ちゃんとエミュレータが起動した。ちょっと感動。
androidはデバイスが今すぐ手に入るというのが魅力。iPhoneのような縛りもなく無料。これでJavaFXが動けば言う事無し。誰かandroid用にビルドツール作ってくれるとか、JavaMEをandroidで動かす的な裏技持ってないかな。
でもオラクルの人がjug?か何か(SVJUGのブログにあったV)で、2010年中にはJavaFXデバイスをリリースすると喋っていたように聞こえたので、それでも良いのかもしれないが、auも年末にオールインワンなandroid出すらしいので、ワンセグとFeliCaで面白いことしたい。
2010年7月4日日曜日
スマートな妄想
書く場所を間違ってしまった。10/05/28のエントリだが2010/07/04 移動。
スマートフォントの話を書こうと思ったら、どうもBlogger様がご機嫌斜め。日本語にならない。これは書くなということか。
以 前はアクティブフォントとかダイナミックフォントとか、インテリフォントとか、如何にも妄想的なネーミングだったが、スマートスマート言っているうちス マートフォントに。3+4=7的にフォントもオブジェクト化されるのかも、という話。
ブラウザってどこまで 変われるのか。ニューブラウザとい名前をつけてはや2年、煮詰まるどころかブラウザという考え自体が自分としては変わってきている。な のにどうしてGoogleはChromeなんか作ったんだろう。それは、
「必要だったから。」
ちなみにスマートフォント をググると"スマートフォンと"の誤字ばかり目につくが、1つだけTシャツ用のロゴでスマートフォントと書いているところが見つかった。もちろん こっちの妄想はそっちのスマートではない。
スマートフォントの話を書こうと思ったら、どうもBlogger様がご機嫌斜め。日本語にならない。これは書くなということか。
以 前はアクティブフォントとかダイナミックフォントとか、インテリフォントとか、如何にも妄想的なネーミングだったが、スマートスマート言っているうちス マートフォントに。3+4=7的にフォントもオブジェクト化されるのかも、という話。
ブラウザってどこまで 変われるのか。ニューブラウザとい名前をつけてはや2年、煮詰まるどころかブラウザという考え自体が自分としては変わってきている。な のにどうしてGoogleはChromeなんか作ったんだろう。それは、
「必要だったから。」
ちなみにスマートフォント をググると"スマートフォンと"の誤字ばかり目につくが、1つだけTシャツ用のロゴでスマートフォントと書いているところが見つかった。もちろん こっちの妄想はそっちのスマートではない。
ラベル:
スマートフォント
2010年6月30日水曜日
ベスト16
パラグアイは強かった。なぜそれをまず認めないのだろう。そこが日本の進歩がないところ。視聴率ありきで有名人を起用する、面白いことを言う、平気で辛辣なことを言う、そういう中身の無い出演者で視聴率を稼ぐ人たち相手にしてもしょうがない。
「周りがバッシングしても進むべき道を進む。周りが褒めても進むべき道を進む。」
という岡田監督の発言を、私自身は重く受け止めなければならない。
日本のサッカーが出来なかったというよりさせて貰えなかった。お互いにミスがあったが、日本のスピードをパラグアイはうまく効率よくプレスをかけ、スペースも消し、個人での突破も封じ、手堅く対応したと思う。その守備を打ち破れなかった。パラグアイにしても同じだろう。日本よりミスが多いようにも見えたが、決定的なゴールチャンスを何度も失敗した。運もあったかもしれないが、川島を筆頭によく防ぎきった。PKでの勝利を決して順当な結果だとは思わないだろう。
パラグアイは格上なのだから、0−0はすごいこと。もちろんそのために試合に望んだ訳ではないだろうし、ベスト4や優勝という言葉が、スタッフ全体にどういう意味を持っていたのかは知る由もない。ただW杯に出場したことだけでも十分凄いことだし、ベスト16なんて走れない天候だったら、こうは行かなかったかもしれないことを考えると、次のW杯に出れて当然なんてあるわけないし、ましてや次こそベスト4などと囃し立てないで欲しいと本当に思う。
岡田監督は最後の最後で、憧れのバルサチックなサッカーを諦め、守備に重きを置いた。おそらく主な原因は、フィジカルの弱さ、特に90分通しては走れないこと、だろう。確かに可能性として、そうした選手の能力であっても”攻撃力を持つ”、という方法はあるかもしれない。あるいは十分準備をすれば、より攻撃に偏重できるだけのフィジカルを身につける方法があるのかもしれない。だがそれは僅かな可能性であり、厳しい現実だと思う。私が岡田監督に真っ先に抱いた嫌悪感は、そうした独りよがりに見える攻撃的サッカーへの憧れを日本代表という場に持ち込んだ事だった。私から見てそれは、代表の私物化だった。おそらく誰もがやりたくても出来なかったジレンマかもしれない。だが岡田監督はチャレンジし、最後に己を認識した。それがベスト16を決めたときに岡田監督が言っていた「選手がどこまでやったらやられるというのを分かってきた」ということだろう。だがそれは監督の戦術が基本であり、もちろん選手という受け手の自主性もあるのだが、日本代表というチームを作り上げるという責任において、行わなければならないことだ。
だから唯一の攻撃力を本田に託し、9人を守備に回したゼロトップ戦術を以て、岡田監督こそが、まさに彼の言うチームワークで戦う最後の1ピースになったと思ったのだ。
スペインに勝ったスイスを引き合いに出すまでもなく、守備に徹することは0−0の可能性を最も大きくする。勝ち点を求められる現在サッカールールにおいて、それが最も重要視されなければならないほど、日本のサッカーの歴史は浅い。せめてTV番組でゴールデンタイムを常に占めるような国にならなければ、攻撃に手を出すのは時期尚早だと思う。もしも4年後、攻撃力を十分に備えたチームが作れたとしたら、私にはもう脱ぐ帽子がない。
もし引き分けの勝ち点がゼロだとしたら? 結局勝ち点ゼロで並んだときにどうするかということになってしまう。サッカーを攻撃重視にするなら、勝利の次は得点を優先するようなルールが必要だろう。
0−0のチームだからカウンターというわけではないし、引いて守るだけが術ではない。ただコンパクトに、相手に自由を与えない。それは鉄則だろう。理想を言えば、非常に狭い縦に短い形でありながら裏を自由に使わせない。そのためにはやはりプレスとスピード。高速で長身のDFが沢山いれば、攻撃に力を回せるのかもしれない。
ただこれは代表だからであり、クラブチームでは許されない。クラブチームは見て楽しませる責務があるのだ。
「周りがバッシングしても進むべき道を進む。周りが褒めても進むべき道を進む。」
という岡田監督の発言を、私自身は重く受け止めなければならない。
日本のサッカーが出来なかったというよりさせて貰えなかった。お互いにミスがあったが、日本のスピードをパラグアイはうまく効率よくプレスをかけ、スペースも消し、個人での突破も封じ、手堅く対応したと思う。その守備を打ち破れなかった。パラグアイにしても同じだろう。日本よりミスが多いようにも見えたが、決定的なゴールチャンスを何度も失敗した。運もあったかもしれないが、川島を筆頭によく防ぎきった。PKでの勝利を決して順当な結果だとは思わないだろう。
パラグアイは格上なのだから、0−0はすごいこと。もちろんそのために試合に望んだ訳ではないだろうし、ベスト4や優勝という言葉が、スタッフ全体にどういう意味を持っていたのかは知る由もない。ただW杯に出場したことだけでも十分凄いことだし、ベスト16なんて走れない天候だったら、こうは行かなかったかもしれないことを考えると、次のW杯に出れて当然なんてあるわけないし、ましてや次こそベスト4などと囃し立てないで欲しいと本当に思う。
岡田監督は最後の最後で、憧れのバルサチックなサッカーを諦め、守備に重きを置いた。おそらく主な原因は、フィジカルの弱さ、特に90分通しては走れないこと、だろう。確かに可能性として、そうした選手の能力であっても”攻撃力を持つ”、という方法はあるかもしれない。あるいは十分準備をすれば、より攻撃に偏重できるだけのフィジカルを身につける方法があるのかもしれない。だがそれは僅かな可能性であり、厳しい現実だと思う。私が岡田監督に真っ先に抱いた嫌悪感は、そうした独りよがりに見える攻撃的サッカーへの憧れを日本代表という場に持ち込んだ事だった。私から見てそれは、代表の私物化だった。おそらく誰もがやりたくても出来なかったジレンマかもしれない。だが岡田監督はチャレンジし、最後に己を認識した。それがベスト16を決めたときに岡田監督が言っていた「選手がどこまでやったらやられるというのを分かってきた」ということだろう。だがそれは監督の戦術が基本であり、もちろん選手という受け手の自主性もあるのだが、日本代表というチームを作り上げるという責任において、行わなければならないことだ。
だから唯一の攻撃力を本田に託し、9人を守備に回したゼロトップ戦術を以て、岡田監督こそが、まさに彼の言うチームワークで戦う最後の1ピースになったと思ったのだ。
スペインに勝ったスイスを引き合いに出すまでもなく、守備に徹することは0−0の可能性を最も大きくする。勝ち点を求められる現在サッカールールにおいて、それが最も重要視されなければならないほど、日本のサッカーの歴史は浅い。せめてTV番組でゴールデンタイムを常に占めるような国にならなければ、攻撃に手を出すのは時期尚早だと思う。もしも4年後、攻撃力を十分に備えたチームが作れたとしたら、私にはもう脱ぐ帽子がない。
もし引き分けの勝ち点がゼロだとしたら? 結局勝ち点ゼロで並んだときにどうするかということになってしまう。サッカーを攻撃重視にするなら、勝利の次は得点を優先するようなルールが必要だろう。
0−0のチームだからカウンターというわけではないし、引いて守るだけが術ではない。ただコンパクトに、相手に自由を与えない。それは鉄則だろう。理想を言えば、非常に狭い縦に短い形でありながら裏を自由に使わせない。そのためにはやはりプレスとスピード。高速で長身のDFが沢山いれば、攻撃に力を回せるのかもしれない。
ただこれは代表だからであり、クラブチームでは許されない。クラブチームは見て楽しませる責務があるのだ。
2010年6月25日金曜日
300年の大ボラ
「一垓には言えない」、「チップエレキバン」、「(ジョベルカーが)しゃべるカー」など、失笑を買うどころかなかなか受けがよかった駄洒落の数々。
そんな孫さんの向こう300年の情報ビッグバンの主役は脳型コンピュータとクローニングだとか。それを人の愛で育んでいく。iとiでw、それはWe(eが どこから来たのかは分からなかったがきっと電気?電子?環境?)。
情報革命一本だけですって言うけど、広すぎるでしょうその風呂敷、ドラえもんも入るんじゃない?
それにしてもサイロンとは。もちろんギャラク ティカ好きな自分としては、機械が人間を超える可能性は十分あると思っている。ただ集積量と脳細胞を比較するなら、何もワンチップにこだわる必要 はなく、すでに実現できてないとおかしいよ。
そこで一句、出来ました。
訂正します。
『脳コンの、侍ホークス、(情報)バンババン』
『脳コンの、侍ホークス、ビッグ番』
『脳コンの、侍ホークス、エレキ番』
ああああー、おみやげにお父さん(犬)が入ってる! やったーありがとう! 行ってよかった!
ついったろー。
そんな孫さんの向こう300年の情報ビッグバンの主役は脳型コンピュータとクローニングだとか。それを人の愛で育んでいく。iとiでw、それはWe(eが どこから来たのかは分からなかったがきっと電気?電子?環境?)。
情報革命一本だけですって言うけど、広すぎるでしょうその風呂敷、ドラえもんも入るんじゃない?
それにしてもサイロンとは。もちろんギャラク ティカ好きな自分としては、機械が人間を超える可能性は十分あると思っている。ただ集積量と脳細胞を比較するなら、何もワンチップにこだわる必要 はなく、すでに実現できてないとおかしいよ。
そこで一句、出来ました。
訂正します。
『脳コンの、侍ホークス、エレキ番』
ああああー、おみやげにお父さん(犬)が入ってる! やったーありがとう! 行ってよかった!
ついったろー。
新30年ビジョン。
抽選であたりました。ありがとうございます。
でもよく考えたら、フォーラムまでわざわざ行くべきか。ユーストでも中継されるというのに。 それに大したホラじゃなかったらガッカリだしな。
そんな失礼な自分が、30年前は16歳だった。そして30年後は76歳である。16歳と いえば、ベースを始めた年だ。途中の大ブランクもあり、未だにプロにはほど遠い腕前だ。30年は長いようで短い。そしてコンピュータはたしかNECの 6001とか、8801の時代だと思う。高校に沖電気のミニコンがあり、高校としては凄い設備だと先生たちは結構自慢げだった。このMacの何分の1の性 能だろうか。しかし紙テープが読み書きでき、X−Yプロッタが付いている点では負ける。
いまやクロックがついに物理法則の限界に達し、マ ルチコアに頼らざるを得ない時代に突入した。一時マルチプロセッサは流行ったが、ネットワークの普及で、疎結合な超分散型のスケールアウトがビジネス用途 では主流になったと思う。量子コンピュータの時代が訪れるまで、30年・・・どうだろう?
そうなった場合、暗号化は崩壊するのか。それと もさらに強固な暗号化方式が量子コンピュータ上で実現されるのか。
電波はどうか。ケータイの高速化はどこまで進むのだろう。そのうちケー タイのキャリアにあらゆるコンテンツが統合されるのだろうか。どこでもケータイのキャリアで通信するのがメインになるのだろうか。
そうい えば確か1990年頃だったと思う。私は2050年には本体がペンに集約されると思った。当時自分が必ず持っているものはペンだったからだ。ディスプレイ は逆にパブリックなものを含めて超小型から超大型まで、いろんなサイズがほしい。だから本体からディスプレイは切り離されなければならない。2050年ま であと40年。
小さい頃、イカのような火星人のイラストは、知能が発達して体が退化すると予想した人が書いたものだと確か聞いた記憶があ る。そして地球人も何れそうなると。しかし実際には人はスポーツを愛し、体を鍛える事を好んだ。8等身の人は増えたと思うが、火星人のような人はお目にか かった事が無い。
アメリカでは月の土地を販売している人がいる。月へ行くようになったら、その権利はどこまで有効だろうか。火付け役は ジョントラボルタらしいが。
とにかく、せっかく当選したのだから、今から間に合うかどうか分からないが、ちょっと行ってくる。
そ の前に地球環境は持つのか。
でもよく考えたら、フォーラムまでわざわざ行くべきか。ユーストでも中継されるというのに。 それに大したホラじゃなかったらガッカリだしな。
そんな失礼な自分が、30年前は16歳だった。そして30年後は76歳である。16歳と いえば、ベースを始めた年だ。途中の大ブランクもあり、未だにプロにはほど遠い腕前だ。30年は長いようで短い。そしてコンピュータはたしかNECの 6001とか、8801の時代だと思う。高校に沖電気のミニコンがあり、高校としては凄い設備だと先生たちは結構自慢げだった。このMacの何分の1の性 能だろうか。しかし紙テープが読み書きでき、X−Yプロッタが付いている点では負ける。
いまやクロックがついに物理法則の限界に達し、マ ルチコアに頼らざるを得ない時代に突入した。一時マルチプロセッサは流行ったが、ネットワークの普及で、疎結合な超分散型のスケールアウトがビジネス用途 では主流になったと思う。量子コンピュータの時代が訪れるまで、30年・・・どうだろう?
そうなった場合、暗号化は崩壊するのか。それと もさらに強固な暗号化方式が量子コンピュータ上で実現されるのか。
電波はどうか。ケータイの高速化はどこまで進むのだろう。そのうちケー タイのキャリアにあらゆるコンテンツが統合されるのだろうか。どこでもケータイのキャリアで通信するのがメインになるのだろうか。
そうい えば確か1990年頃だったと思う。私は2050年には本体がペンに集約されると思った。当時自分が必ず持っているものはペンだったからだ。ディスプレイ は逆にパブリックなものを含めて超小型から超大型まで、いろんなサイズがほしい。だから本体からディスプレイは切り離されなければならない。2050年ま であと40年。
小さい頃、イカのような火星人のイラストは、知能が発達して体が退化すると予想した人が書いたものだと確か聞いた記憶があ る。そして地球人も何れそうなると。しかし実際には人はスポーツを愛し、体を鍛える事を好んだ。8等身の人は増えたと思うが、火星人のような人はお目にか かった事が無い。
アメリカでは月の土地を販売している人がいる。月へ行くようになったら、その権利はどこまで有効だろうか。火付け役は ジョントラボルタらしいが。
とにかく、せっかく当選したのだから、今から間に合うかどうか分からないが、ちょっと行ってくる。
そ の前に地球環境は持つのか。
登録:
投稿 (Atom)
